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高松高等裁判所 昭和27年(う)803号 判決 1953年7月28日

控訴人 検察官 西川精開

被告人 和田栄治 外二名

弁護人 田万清臣 外二名

検察官 大北正顕

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

末尾添付検察官検事西川精開の控訴趣意について。

本件記録に依つて原審の取調べた各証拠を調べてみると、被告人和田栄治は昭和二三年六月三日地方鉄道法第一二条の規定に依る免許を受け地方鉄道業を営む土佐電気鉄道株式会社常務取締役に就任し、翌四日臨時建設部長の職務を担当し同会社がその経営に係る後免、安芸間の鉄道線路の電化工事を為すにつきこれが工事に関する請負契約の締結並びに該工事の施行中これが監督に当る職務を担当し、被告人常石猛は同会社の主任技術者であり兼ねて同月一四日右会社臨時建設部次長に就任し前記電化工事の実施に当りその技術面に於ける監督の職務を担当していたものであり、被告人中村政芳は近畿電気工事株式会社常務取締役として前記土佐電気鉄道株式会社の電化工事に関しその架線工事を同会社から請負うに当り同会社を代表してその衝に当つていたものであることが認められる。従つて被告人和田栄治及び同常石猛は経済関係罰則の整備に関する法律第二条別表乙号三十に所謂地方鉄道法第十二条の規定に依る免許を受け地方鉄道業を営む会社の役職員に該当することは明らかである。

そして本件公訴事実に依ると被告人和田、同常石は右電化工事の請負契約並びに工事施行等その職務に関し被告人中村から賄賂を収受し、被告人中村は右和田、常石の職務に関し同人等に賄賂を供与したと云うのであるが元来経済関係罰則の整備に関する法律第二条にいうところのその職務に関しとある職務とは同法別表乙号に掲げられたもののもつ職務全般を指すものではなく独占事業会社が行う事業の内独占的性質を持つ事項を内容とする事務若しくはその統制団体の行う事務の内統制に関する事務即ちその本来の事業に関する事務だけに限るべきものと解するを相当とする。尤も同法第二条には単にその職務に関しと規定し職務の内容については格別制限を明記していないけれども同法が特にその内容とする事務の公共的性質に鑑み、独占的業務の規制並びに経済統制の必要上その罰則の強化を目的として商法第四九三条の特別法として立法せられた趣旨及び経済関係の罰則整備に関する法律第一条所定の団体等の役職員が公務員と看做される旨規定されているに反し同法第二条所定の役職員は公務員と看做されず同法第一条と区別されている点などから見てかように解釈するのが最も立法の趣旨に副うものと云うべきである。或はその業務とは右の如き会社団体等の本来の業務に関する事務のみに限らずこれらの業務と密接の関係にある事務をも含むべきものと解する説があるかも知れないが斯かる曖昧な解釈は刑罰法規の解釈として適正でないのみならず立法の趣旨並びに他の罰則との関係につき前段に説明したところに徴しこれを肯認しない。今本件についてこれを見るに地方鉄道法に依つて営業する原判示土佐電気鉄道株式会社の業務中当然に独占となるべき業務とは勿論運輸に関する業務であり同会社が線路の一部を電化するに当りその電化工事を請負わすことは会社の業務の一部には相違ないけれども鉄道会社の当然に独占となるべき業務には当らないからこれを以つて経済関係の罰則整備に関する法律第二条にいうところの役職員の職務と云うことはできない。然らば被告人和田、同常石が右電化工事の施行に関し仮に公訴事実の通り被告人中村から金銭又は金銭的利益の供与を受けたとしてもこれを同法第二条を以つて問擬することはできない。従つて被告人中村に対しても同法第五条を適用すべき限りでない。即ち本件公訴事実は罪とならないから被告人等に対し犯罪の証明十分ならずとして無罪を言渡した原判決は結局正当であつて検察官の論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三九六条に則り主文の通り判決する。

(裁判長判事 三野盛一 判事 谷弓雄 判事 谷賢次)

検察官西川精開の控訴趣意

第一点原判決(前記昭和二十七年一月十日付判決並びに同年二月七日付判決を総称する、以下同じ)は判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。

一、本件公訴事実は「被告人中村政芳は近畿電気工事株式会社常務取締役にして同会社が土佐電気鉄道株式会社(地方鉄道法第十二条の規定による免許を受け地方鉄道業を営むもの)の経営に係る後免、安芸間鉄道線路の電化工事に関し、その架線工事を同会社から請負うに当り自ら会社を代表してその衝に当つていたもの、被告人和田栄治は昭和二十三年六月三日前記土佐電気鉄道株式会社常務取締役に就任し翌四日臨時建設部長の職務を担当し右電化工事に関する請負契約の締結並びに該工事の施行中これが監督に当る職務を担当していたもの、被告人常石猛は同会社の主任技術者であり兼ねて同月十四日右会社臨時建設部次長に就任し前記電化工事の実施に当りその技術面の監督の職務を担当していたものであるが、

第一、被告人中村政芳は、(一)昭和二十三年十一月二十五日高知市越前町五五番地被告人和田栄治方において同被告人に対し、自己会社に前記架線工事の実施を請負わして貰つたことの謝礼並びに右工事施行に当つては将来便宜な取扱を受けたい請託のもとに現金二十五万円を供与し、(二)前同日高知市相模町五六番地被告人常石猛方において同被告人に対し将来工事の施行に当り便宜な取扱を受けたい請託のもとに現金十万円を供与し、以つて夫々贈賄し、

第二、被告人和田栄治は被告人中村政芳が前記電化工事中架線工事を近畿電化工事株式会社に請負わすことの謝礼並びに将来工事の施行に当り便宜な取扱を受けたいことの謝礼の趣旨で交付するものであることを知りながら同人から前記第一の(一)記載の通り現金二十五万円を収受し以つてその職務に関し収賄し、

第三、被告人常石猛は被告人中村政芳が前記電化工事の実施に当り将来便宜な取扱を受けたいことの謝礼の趣旨で交付するものであることを知りながら同人から前記第一の(二)記載の通り現金十万円を収受し以つてその職務に関し収賄し、

たものである」と謂うのであるが、これに対し原判決は「被告人和田栄治、同常石猛及び中村政芳の当時の職務内容と被告人中村政芳と常石猛との間に金員授受のあつた事実はこれを認めることができるが、それが検察官主張の如き趣旨の下に授受された点及び被告人中村政芳と和田栄治との間に金員が授受された点についてはその証明がない」ものとして被告人三名はそれぞれ無罪との言渡をしたものである。

然しながら以下述べるところにより明かな如く原判決は採証を誤つた結果事実の認定を誤つたものであつて、その事実の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかである。

二、原判決は「被告人中村政芳と常石猛との間に金員授受のあつた事実はこれを認めることができるがそれが検察官主張の如き趣旨の下に授受された点についてはその証明がない」と判示しているが、被告人中村政芳と被告人常石猛との間に公訴事実摘示の如き趣旨の下に現金十万円の授受があつたことは

(一)原判決もこれを認める如く被告人常石猛は土佐電気鉄道株式会社の主任技術者にして同会社臨時建設部次長を兼ね、同会社の経営に係る後免、安芸間鉄道線路の電化工事の実施に当りその技術面の監督の職務を担当していたものである事実

(二)被告人中村政芳は右電化工事の架線工事を請負うた近畿電気工事株式会社の常務取締役にして右請負契約の締結並びにその工事の実施につき会社を代表してその衝に当つていたものであつて工事の実施については被告人常石の監督を受ける立場にあつたものであり、従つて、又該工事の施行につき被告人常石から便宜な取扱をうけ工事を円滑に進捗させることが被告人中村にとつて自己の為にも亦自己の会社の為にも有利である事情にあつた点

(三)被告人中村政芳の検察事務官第二回供述調書第二項及び第五項の「常石の家に行つたところ常石さんも在宅であつたので私は同人に対し、今日はお蔭で工事をやらせて貰う様に決り有難う御座居ました又今後何かと御配慮願いますとお礼を述べた上所持していた現金十万円を風呂敷から出して、これはお礼の印ですどうぞ納めておいて下さいと言つて渡したところ常石さんはそれを見てそんなものは貰えないと言つて断つたが私はそれを置いて帰つた」旨及び「常石に金を差し上げた趣旨は常石さんは電気主任技術者であつて同人が工事の面を今後担当せられるのであるからその工事について、便宜を図つて貰いたいのと変電所の据付工事をも常石さんにお願いして請負わせて貰いたい気持ちからであつた」旨の各供述記載(記録二三一丁裏乃至二三五丁及び二三七丁)並びに同被告人の検察官第三回供述調書第三項の右と同旨の供述記載

(四)被告人常石猛の検察官第四回供述調書第十項の「中村さんと私とはそれ迄に大阪の近畿電気の会社であつたと思いますが一度会つたことがある丈で個人的には全然交際した事はありません。況して同人から十万円という多額の金を貰う理由は他にはありませんが、私が土佐電鉄の電気主任技術者であり又建設部次長であつて、後免、安芸間電化工事についても工事の監督をする地位にあつたので之を知つていた中村さんとしては、その工事につき便宜な取扱をして工事をやり易く又早く進捗する様にして貰い度いと言う意味合で私にその現金十万円を呉れたものと思う」旨の供述記載(記録二八八丁裏)並びに同被告人の検察事務官第一回供述調書第一項の「昭和二十三年十一月下旬頃私の会社が近畿電気工事株式会社に請負を決定したその頃の夜のことであつたが私が自宅に帰つていた際中村政芳が私方へ突然やつて参り私に対し、お蔭様で工事を請負わして貰う事になつたから今後何かと御配慮を受け度いのでその御挨拶に参りましたと申しその時中村さんは袱紗に包んだ包物を私に差し出し、これはほんの少しですが納めておいて貰いたいと言つて帰ろうとしたので私はその様な御心配には及びませんと言つて受取り調べてみたところその袱紗包の中に新聞紙か何かに包みこんで現金十万円あつたので私はびつくりしてその金を返そうとしたが中村は私におしつける様にして帰ろうとするので私はそれでは一時お預りしておきますと言つて受取つた」旨及び「同人とは親族その他友人関係でもなく又商取引の関係もないので工事面で種々便宜を計つて貰いたいという意味で私のところへ持つて来たものと思う」旨の各供述記載(記録二六九丁裏乃至二七二丁)

(五)被告人常石猛の妻である原審証人常石時恵の「主人はその金を返さなければならんと言つていた」旨及び「私は金を貰つたと聞いた時官吏であれば不可ない問題になるとピーンときたのですが会社員であるからかまわないだろうと思つた」旨の証言(記録一〇九丁及び一一二丁)

(六)被告人中村政芳の検察事務官第二回供述調書の記載被告人常石猛の前掲検察事務官第一回供述調書の記載及び原審証人宮崎勇同森木都築の各証言により明らかな如く本件十万円は昭和二十三年十一月二十五日土佐電気鉄道株式会社と近畿電気工事株式会社との間に本件架線工事請負契約の成立した日の午後八時頃被告人常石猛の私宅に於て授受されている事実を綜合すれば極めて明白である。

(七)この点につき中村、常石両被告人は原審公判廷において従前の供述を飜がえし被告人中村は「常石に渡した十万円は常石の職務に関してではなく、架線工事以外の変電所据付工事を研電工業株式会社が土佐電気鉄道株式会社から請負うていたので、その下請をさせて貰い度いと思いその助言方を常石に依頼するにつきその謝礼として贈つたものである」旨弁明し(記録六四丁及び三七四丁裏乃至三七五丁)常石被告人も亦これと符合する弁明をしている(記録六四丁裏)

然しながら前記二の(一)乃至(六)の各証拠並びに以下述べるところを綜合すれば、右両被告人の弁明は自己の罪責を免れんが為の弁明に過ぎないものであつて採用するに足らないものであることは容易にこれを知ることができる。即ち

(イ)被告人中村政芳及び同常石猛の前掲各検察官供述調書及び検察事務官供述調書によるも又その他の証拠によるも、被告人中村と被告人常石の間に本件十万円の授受された際には変電所据付工事の下請に関する対話が全然なされておらず却つて架線工事請負契約が成立したことのお礼並びに今後も御配慮願う旨の会話だけが取り交されている事実

(ロ)被告人常石猛は公判審理の段階に至つて始めてこの弁解を述べている事実

(ハ)被告人中村政芳が、架線工事以外の変電所据付工事をも請負い実施する希望を持つていたとすれば、研電工業株式会社の下請ではなく、当初から架線工事の請負の交渉と共に変電所工事の本請負をなすべく土佐電気鉄道株式会社の当事者との間に折衝していた筈である。況んや原審証人西山巖の証言によれば近畿電気工事株式会社は研電工業株式会社よりも大会社であり大会社が小会社の下請をするのは変則であることにおいてをや(記録三三二丁)。

さればこそ被告人中村政芳は検察官並びに検察事務官の取調に対しては「変電所の工事は電化工事の中近畿電気工事株式会社が請負うた架線工事とは別の工事で更に改めてその請負契約を何処かの業者と土佐電気鉄道株式会社との間に結ばねばならないものであり而もそれについては技術専門家である常石さんが関係する所が大きいので次の工事を貰う様にして貰う意味を含んでいた云々」と述べている(記録二四一丁中村政芳の検察官第三回供述調書第三項)のであつて研電工業株式会社の下請を依頼する趣旨は述べて居ない。然るに原審証人森田福市の証言により明らかな如く前記変電所据付工事の請負契約は、中村被告人から常石被告人に対し本件十万円の現金を贈賄する以前の昭和二十三年十一月十八日既に土佐電気鉄道株式会社と研電工業株式会社との間に成立していたものである(記録一六六丁裏)。

中村被告人は検察官並びに検察事務官の取調の際には未だ右の事実を知らなかつた為「変電所据付工事を請負わせて貰う様云々」と供述したものであるが、その後この事実を知るに至つたので(中村被告人は起訴前に釈放)公判廷においては「研電工業株式会社の下請をやらせて貰う様」と供述を変更したものであることが推測される。更に中村被告人が変電所据付工事の請負(又は下請)を常石被告人に依頼した理由としては検察官に対しては前記の如く「それについては技術専門家である常石さんが関係するところが大きいので云々」と述べているのに対し公判廷では「研電工業の社長と常石氏とが学校の同窓生で懇意の仲だと言うことを知つていましたので云々」と述べている(記録三七五丁)これは即ち検察官の取調後研電工業の社長と常石被告人とが同窓生であることを知つたのを奇貨とし、その以前からその事実を知つていたかの如く述べたものである事が容易に推測される。このことは前記常石被告人の検察官供述調書中に中村被告人とは今迄に一回会つた丈けで個人的交際はないという供述記載のあることによつても窺い知ることができる。

之を要するに中村被告人が検察官及び検察事務官に対し前記の如く常石被告人に現金十万円を贈つた趣旨の中には変電所の据付工事の請負を依頼した謝礼の趣旨をも含んでいたと供述したのは右金員授受の趣旨を否認せん為の窮余の策として虚偽の供述をしたものであり公判廷においては更に之を推し進めて右十万円授受の趣旨は変電所据付工事の下請に関するものであると強弁するに至つたものであることが容易に窺知できるのである。従つて又常石被告人が変電所据付工事を近畿電気工事株式会社に下請させるべく努力していた旨の証言をしている原審証人森田福市等の証言はその点に関する限り措信できないものと謂わなければならない。

(ニ)原審証人森田福市は「変電所工事の据付配線工事は第一期の野市変電所が七十万円、第二期の赤野が百五万円でありその利益は初め一割五分を予想していたが実際には第一期工事で約一割の利益があり第二期工事は一杯一杯であつたこれを近畿電気工事株式会社に請負せたらその利益は五分乃至一割と思う」旨証言して居り(記録一六六丁以下)、而も同証人の証言並びに原審証人稲葉権兵衛の証言(記録二〇四丁)によつても明らかな如く右変電所据付工事を近畿電気工事株式会社に下請させる見込はなかつたのであるから、経済人たる被告人中村政芳が斯る小額の而も成否不明の下請工事を依頼するにつきその謝礼として現金十万円を提供することは経験則に照らし到底考え得られない。

(ホ)被告人常石猛の検察事務官第三回供述調書第二項に「私は私方へ十万円持つて来たときは私の処へだけ持つて来たものでなく他の重役の処へも行つたり又行く積りでハイヤーで来ていたものであるということを思い出した云々」の供述記載があるが(記録二八一丁)この供述は同被告人と研電工業株式会社社長との個人的関係を頼つて常石に変電所据付工事の下請につき斡旋を依頼したものでないことの証左である。

叙上明らかな如く被告人中村政芳と同常石猛の間に授受された現金十万円は公訴事実摘示の如き趣旨の下に授受されたものであつて中村、常石両被告人の前記公判廷における弁明は採用するに由なきところである。然るに拘らず原判決が被告人中村政芳と常石猛との間に授受された金員は検察官主張の如き趣旨の下に授受された点についてその証明がないと判示したのは、これ即ち原判決が証拠の価値判断を誤つた結果事実の認定を誤つたものであると謂わなければならない。

三、次に原判決は「被告人中村政芳と和田栄治との間に金員が授受された点についてはその証明がない」と判示しているが

(一)被告人中村政芳と同和田栄治との間に公訴事実摘示の日時場所に於て公訴事実摘示の如く現金二十五万円が授受された点については

(イ)被告人中村政芳の原審公判廷におけるその旨の自供(但し趣旨否認)(記録六四丁)並びに同被告人検察官第三回供述調書第二項(記録二四〇丁)及び検察事務官第二回供述調書第二項(記録二三一丁裏以下)のそれぞれその旨の供述記載

(ロ)被告人和田栄治の検察事務官第一回供述調書第四項の「中村政芳が古銅の手附金として私方へ金を持つて来たことはある(但し受取らなかつたと供述)」旨の供述記載(記録二五五丁以下)

(ハ)原審証人宮崎勇の「本件電化工事の請負契約が土佐電気鉄道株式会社と近畿電気工事株式会社との間にできた日の夕方中村の泊つていた黒汐旅館で中村から夕食を御馳走になつた後中村の依頼により合同タクシーから自動車を呼んで中村と同乗し越前町の被告人和田栄治方へ行き更に相模町の被告人常石猛宅へ行つた。その際中村は和田宅へ現金二十五万円を風呂敷包にして持つて行つたが和田宅を出て来たときにはその包は持つていなかつた中村が和田宅から出たとき和田が車の近く迄送つて来ていた」旨の証言(記録一一七丁以下)

(ニ)合同タクシーの自動車運転手である原審証人森木都築の自動車運転の経路、乗客の状況等につき前記宮崎証人の証言と符合する証言、並びにその日時が運転日表により昭和二十三年十一月二十五日であつた旨の証言(記録一〇一丁乃至一〇六丁)

(ホ)被告人常石猛の検察事務官第三回供述調書第二項の「中村が私宅へ十万円持つて来た時ハイヤーで来たが中村が帰るのを見送りに出た時そのハイヤーの中に宮崎勇が乗つて待つていた旨」供述記載

を綜合すれば公訴事実摘示の如く昭和二十三年十一月二十五日被告人和田栄治方において被告人中村政芳から被告人和田栄治に現金二十五万円を手交した事実が明白である。

この点につき被告人和田栄治は被告人中村政芳から現金二十五万円を受取つたことはないと弁解するが前記各証拠に照らし右弁解は採用するに足らないものである。

然るに拘らず原判決が被告人中村政芳と被告人和田栄治との間に金銭の授受のあつた点についてはその証明がないとするのは、採証の法則を誤つた結果事実の認定を誤つたものであると謂わなければならない。

(二)以上述べたところで明らかな如く原判決には事実の誤認がありその誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるからこれだけでも原判決は破棄を免れないと確信するが更に進んで右中村和田両被告人間に授受された現金二十五万円は公訴事実摘示の如く和田の職務に関し賄賂として授受されたものである点について案ずるに

(イ)原判決の認定する如く被告人和田栄治は土佐電気鉄道株式会社の常務取締役兼臨時建設部長であつて、本件電化工事に関する請負契約の締結並びに該工事の施行中これが監督に当る職務を担当していたこと。

(ロ)被告人中村政芳が公訴事実冒頭摘示の如き職務を持つていたことは原判決もこれを認めるところであつて同被告人にとつては被告人和田栄治は前記架線工事請負契約締結に当つて折衝の相手方であり且つ爾後該工事の実施に当つては同被告人の監督を受ける立場にあつたこと、従つて前記一、の(二)記載の様な所謂贈賄の利益があつたこと。

(ハ)被告人中村政芳の検察官第三回供述調書第二項及び第三項に「和田に現金二十五万円を贈つた意味合は請負契約をさせて貰つた謝礼や今後の工事についての便宜その他好意的な取扱をお願いする意味に合せ古銅の買入の世話を頼んであつたのでその為にも渡した」旨の供述記載がある(記録二四〇丁)外同被告人の検察事務官第二回供述調書第二項にも同趣旨の供述記載があること。

(ニ)原審証人宮崎勇の証言並びに被告人中村政芳の前記検察事務官第二回供述調書の記載によつて明かな如く本件二十五万円は本件架線工事請負契約成立の日である昭和二十三年十一月二十五日の夜間に被告人和田栄治の私宅において授受されている事実

を綜合すればその証明十分であると確信する。

(三)この点につき被告人和田は金員の授受自体を否認しておる所被告人中村政芳は公判廷に於て従前の供述を飜がえし、右現金二十五万円は近畿電気工事株式会社が架線工事に必要な電線の材料とする為古銅の買入周旋を和田被告人に依頼してあつたのでその手附金として渡したものである旨弁明するが右弁明は前記各証拠並びに以下述べるところにより採用するに由なきものである。即ち

(イ)当時被告人和田栄治が被告人中村政芳のため古銅の買入の周旋をしていた事実のあつたことは被告人和田栄治の検察事務官第二回供述調書の記載並びに原審証人山崎勇次郎の証言等によりこれを認めることができるが被告人和田栄治自らも「私は中村に対し相手はブローカーであるから品物を確めて後でないと手附を渡すことはできないから云々」と述べている通り(記録二五六丁)その当時右古銅の買入については未だ手附金を交付するまでに進展していなかつた事情

(ロ)被告人中村政芳の検察官第三回供述調書第三項の記載(記録二四一丁裏)によれば和田被告人に依頼した古銅の買入れは失敗に終つたのに拘らず中村被告人から和田被告人に手交した金二十五万円は全然中村被告人に返還されていない事実

(ハ)被告人中村政芳が本件架線工事の収支を記載していた帳簿類に古銅の手附金として現金二十五万円を支出した旨の記載のない事実

を綜合すれば自ら明らかである。

(四)被告人中村政芳の検察官第三回供述調書の証拠能力について

(イ)原審弁護人は、被告人中村政芳の検察官第三回供述調書は和田被告人及び同被告人の弁護人において証拠とすることに同意していないから同被告人に対する関係において証拠となし得ない。検察官は昭和二十六年五月二十一日の第五回公判廷において、右中村の検察官調書を和田被告人に対する関係において刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段により証拠として援用すると述べたが「援用する」では証拠調べの請求と謂えない。従つて裁判所又その証拠調をしなかつたものであるから、是れ又和田被告人に対する関係において証拠となし得ない旨を主張しておる。

然しながら右被告人中村政芳の検察官第三回供述調書は同年三月十九日の第四回公判廷において同被告人の自白調書として刑事訴訟法第三百二十二条により適法に証拠調を終つているのであつて、共犯たる共同被告人の一人の自白調書は他の共同被告人に対する関係においても刑事訴訟法第三百二十二条の被告人の供述調書として証拠能力ありとする判例及び学説があるのであるからこの見解に従えば前記中村被告人の検察官第三回供述調書は被告人和田栄治に対する関係においても刑事訴訟法第三百二十二条の被告人の供述調書として証拠能力があるわけであるがそればかりでなく、この見解に従うときは啻に前記検察官第三回供述調書のみならず中村被告人の検察事務官に対する第一、二、四回の各供述調書も悉く和田被告人に対する関係においても証拠能力があることとなろう。何となれば贈収賄罪は必要的共犯であり而も、中村、和田両被告人は原審において共同被告人として審理を受けて居り且つこれらの各供述調書はいずれも刑事訴訟法第三百二十二条により中村被告人の自白調書として原審公判廷において適法に証拠調を終つているからである。従つて前記中村被告人の検察官第三回供述調書が和田被告人に対する関係において刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書面として証拠調がなされていない一事を以て直ちに証拠能力なしとする主張は当らないのである。若し右中村被告人の検察官第三回供述調書が和田被告人に対する関係において、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号後段の書面として証拠調を終つていないので証拠能力なしとするならば、前記の如く検察官から右調書を同条の規定により証拠として援用すると述べたのに対し(検察官の意思としては証拠調の請求をしたものであるが)裁判所が検察官に「援用す」の意味につき釈明も求めず而も証拠調もしなかつた点は審理を尽さない違法があるものと謂わなければならない。

(ロ)更に原審弁護人は被告人中村政芳の検察官第三回供述調書並びに検察事務官第一、二、四回供述調書につきその任意性を争うているが、この点については

(1) 右各供述調書はいずれも予め供述拒否権を告知した上その供述を録取したものであつて、録取後直ちに被告人に読聞けた上その署名指印がなされて居る点

(2) 原審公判廷において中村被告人は右各調書はいずれも同被告人の供述通りに録取されたものであると認めている点(記録二〇七丁乃至二〇八丁)

に照らしその任意性を否定すべき理由がない。

中村被告人は昭和二十六年九月二十五日の第八回公判廷において供述調書の記載の内容中事実と相違する点がある旨述べているが(記録三七三丁裏乃至三七四丁)これは供述調書の内容の否認であつて任意性に関するものではない。

従つて、この点についても原審弁護人の主張は当らない。

四、以上述べたところにより被告人中村政芳と被告人常石猛との間に授受された現金十万円は公訴事実摘示の如き趣旨の下に授受されたものである点及び被告人中村政芳と被告人和田栄治の間に於ても公訴事実摘示の如く昭和二十三年十一月二十五日高知市越前町五五番地被告人和田栄治方で現金二十五万円の授受が行われた点について、いずれもその証明十分である。加之右中村、和田両被告人間に授受された現金二十五万円は公訴事実摘示の如く本件架線工事を近畿電気工事株式会社へ請負わしたことの謝礼並びに将来右工事の施行に当り便宜な取扱を受けたいことの謝礼の趣旨の下に授受された点についてもその証明十分である。

而して本件公訴事実中被告人和田栄治、同常石猛及び同中村政芳の当時の職務内容と被告人中村政芳と同常石猛との間に金員の授受のあつた事実は原判決も証拠によつてこれを認めるところであるから、結局本件公訴事実は全部その証明十分であると謂わなければならない。然るに拘らず原判決が被告人中村政芳と同常石猛との間に授受された金員が検察官主張の如き趣旨の下に授受された点及び被告人中村政芳と同和田栄治との間に金員が授受された点についてその証明がないと判示して無罪を言渡したのは、明らかに証拠の価値判断を誤つた結果事実の認定を誤つたものであつて、その事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるので原判決はこの点において破棄を免がれないものと確信する。

第二点原判決は判決に理由を附せず又は理由にくいちがいがある。第一点において詳述した如く本件は公訴事実を立証すべき形式的証拠が揃つているのであるから原判決がその証明がないとして無罪の言渡をするためには前掲各証拠がいずれも本件公訴事実を証明するに足らないものであることを説明しなければならない。然るに原判決はその説明をなすことなくして単に被告人中村政芳と同常石猛との間に授受された金員についてはそれが検察官主張の如き趣旨の下に授受された点及び被告人中村政芳と同和田栄治との間に金員が授受された点についてはその証明がないとして無罪を言渡したのは、判決に理由を附さないか又は理由にくいちがいがあるものであつて、この点においても原判決は破棄を免れないものと確信する。

仍て刑事訴訟法第三百八十二条及び同法第三百七十八条第四号に依り控訴の申立をした次第である。

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